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カテゴリ:暮らし tagliches Leben( 75 )

魚初商店の閉店

そして魚初商店が最後の日を迎えた。
2002年に小島商店が閉じられた後、魚屋難民を経ての出会いだったので15~6年のお付き合いになろうか。

長い間、おいしい魚をたくさんいただきました。我が家の食卓を力強く支えていただき、ほんとうにありがとうございました。心からの感謝と労いの気持ちを贈ります。

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by e3ei | 2019-03-30 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)
デスクトップは20日に設定した。

昨晩、「問題が発生したため、PCを再起動する必要があります。」という表示が出ていきなりシャットダウンした。その後勝手に再起動して事なきを得たように見えた。
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今朝になってみると、起動が遅かった。追々わかってきたことにはすべてのログイン情報が消えていた。再度ログインをやり直しだ。
そのほかにも何か不都合なことになっているかもしれないが、とりあえずこのまま様子を見ることにする。

NECのサイトにこの件の対応が掲載されているので備忘のためにペーストしておく。



by e3ei | 2019-02-25 12:04 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)
お財布が忽然と消えた。
魚初さんで買い物して、ムラカミさんで買い物して魚初さんで魚を引き取ってご挨拶して、帰りにスーパーに寄ってレジで支払いをしようとしたらお財布がない。どう探してもない。
買い物をキャンセルして、来た道を戻るがそれらしきものは落ちてない。ムラカミさんと魚初さんにもない。

げっそりしつつ帰って、魚初さんのおかみさんの警察に届けてというお言葉に従って、とりあえずネットで電話番号を調べ、運転免許証、クレジットカード、キャッシュカード、健康保険証の電話番号も調べる。
警察署に電話すると、電話では遺失物届はできないから最寄りの交番に行くように言われる。親切な警官は、とりあえず届いてるか調べてみましょうと言ってくれる。
しばらくして電話がかかってきて、駅前の交番に届いていると知らせてくれた。なんという僥倖!!

お礼を言ってすぐに交番に電話するとなんだか要領を得ないおじいさんみたいな対応で、とりあえずすぐに行ってみた。
すぐにお財布を見せてくれるのかと思いきや、まずは遺失物届を書くのだ。手書きで書いたそれを今度はポチポチとパソコンに入力している。いっそ私が入力しましょうかと言いたかったが、じっと我慢だ。
それが終わるとようやく奥から警官が財布を持って現れる。こちらの方はてきぱきとした応対だ。ちょうど市境あたりの路上に落ちていたのを住民の方が拾って届けてくださったのだそうだ。
ほんとうにありがとうございました!!

そのあたりでは実は前にも2度落とし物をしている。油揚げとしめじと、どちらも自転車のかごに入れた買い物袋から飛び出したのだ。すぐに気が付いて自分で拾った。今回は結構しっかりした財布が落ちても気が付かなかったということなんだ。風が強くて目も開けてられないほどで目を細くしてたからかしら。

境まで2往復、駅前まで往復、道中はニーチェの馬のような強風だった。

今月は、うわぁ、最悪!というような事態が続く。が、不思議なことに最悪!のあとに運命の女神のほほえみみたいなお目こぼしがあるのだ。今回のお財布は本当に善意の方に助けていただいた。



by e3ei | 2019-02-23 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)

大晦日 2018

母に定時のお電話をする。お正月は弟たちが帰ってくれているので楽しく過ごしている。
ことしのお節はどうだったの、と尋ねると、世の中と一緒、悪くはないけどなんとなくわぁーっていうほどもなかった、ですって。そこそこにそれなりによかったね、と相槌を打つ。

年の暮れに一年を思うと、ぼんやりした閉塞感とひりひりするような緊張感が社会を覆っているように感じる。来年はなんとか食い止める方向にしなければと思う。

のどかな歌を聞きながら新しい年を迎えよう。
今年も拙ブログを訪れてくださり、ありがとうございました。来年が平和な年でありますように。みなさまどうぞよいお年をお迎えください。

“What Are You Doing New Years Eve?“ 

(Zooey Deschanel & Joseph Gordon-Levitt)






by e3ei | 2018-12-31 23:46 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)

大晦日

大晦日を迎えるという実感もないまま、あっという間に一年が暮れる。

どういう年だったのか、曲がり角が見えてきたのか、曲がりかけたのか、曲がってしまったのか。

新年がどうぞみなさまにとってよい一年でありますように。


by e3ei | 2017-12-31 01:57 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)

きよしこの夜

クリスマスの朝のわくわくした目覚めは、記憶が始まってからのほんの数年間、数回の朝の記憶でしかないが、生涯忘れないわくわくだろう。

この社会で、多くの子どもたちがこのわくわくした朝を迎えることができることを祝いたい。同時に、どうか、そこから漏れてさびしい思いをする子どもをつくりださないようにと祈りたい。多くの子どもたちが喜びの朝を迎えるその同じとき同じ場所で、わくわくを他人事として経験しなければならない子ども時代を過ごさせてはいけない。

去年も同じようなことを感じたが(→❏)、わたしの身の回りで渦を巻いて湧き立つようなジングルベルをきかなくなっちゃった。お店に行けばどこも当たり前のようにベルを鳴らすトナカイさんが鳴り響いていたはずなのに、ようやくきのうコイケミートで賛美歌の「荒野の果てに」を聴き、スーパーで控えめにHappy Christmasなんかが流れてた。

1966年の聖夜に、サイモンとガーファンクルは「きよしこの夜」を歌った。背後では7時のニュースが今日の出来事を伝えていた。それから半世紀がたった。人類は英知をもって何事か克服しようと前に進んだろうか。


ジョンソン大統領の時代。人種差別は続き、その抵抗が抑制され、女性たちは殺され、ベトナム反戦運動は抑圧され、戦争を強化しようともくろまれている、聖夜の7時のニュースは伝えていた。

晏隆さんのページ Tabula(→❏)から訳をお借りした。

7時のニュース/きよしこの夜
清しこの夜
星は光り
救いの御子は
馬槽の中に
眠り給う
いと安く

「今夜これまでに入ってきたニュースをお伝えします。」

「住宅を売ったり貸したりするさいに人種を制限することを禁止する市民権法案の条項をめぐって,下院では今日も激しい議論が行われました。この問題をめぐっては,賛成,反対両陣営がそれぞれ与野党の枠組みを越えて結束する状態が生じています。法案を支持する住民が多い地域から選出された議員の多くが,法案に反対する一方で,推進派の議員のもとには,法案に反対する選挙区住民の声が数多く寄せられています。ジョンソン大統領は,すべての住宅取引について一切の差別を禁じる法案を下院に提出していますが,議会では,賛成,反対両陣営とも,この法案が下院を通過する見込みはないと見ています。下院法務委員会では,妥協案を探る熾烈な攻防が続いています。

「喜劇俳優のレニー・ブルースさんが今日,ロサンジェルス市で亡くなりました。死因は,麻薬の過剰摂取と見られています。42歳でした。

「マーティン・ルーサー・キング牧師は,日曜日にシカゴ市近郊のシセロで予定されている住宅差別撤廃を求めるデモを中止するつもりはないと述べました。クック郡のリチャード・オグルビー保安官は,キング牧師にデモを中止するよう要請しました。シセロ警察署は,デモが実施された場合,州兵の出動を要請すると述べました。現在ジョージア州アトランタ市に滞在中のキング牧師は,火曜日にシカゴに戻る予定です。

「看護学生9人を殺害したとして逮捕されていたリチャード・スペック容疑者が今日,シカゴ裁判所で大陪審によって起訴されました。看護学生たちは,シカゴ市内のアパートで,刃物で刺されたり首を絞められて死亡していました。

「ワシントンでは,下院非米活動特別小委員会でヴェトナム戦争にたいする抗議運動についての調査が続いており,緊張が高まっています。公聴会では,反戦スローガンを叫んだ複数の活動家が,議場から連れだされました。

「リチャード・ニクソン元副大統領は,ヴェトナムでの戦力を大幅に増強しないかぎり,米国は今後5年間戦争を続けることになると述べました。ニュー・ヨーク市で開かれた帰還軍人会の大会で演説したニクソン元副大統領はまた,米国に打撃を与えている唯一最大の兵器は国内の反戦運動であると述べました。

「以上,7時のニュースをお伝えしました,
おやすみなさい。





by e3ei | 2017-12-24 14:10 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)
朝日新聞Digitalに紹介されてた「佐賀弁ラジオ体操第一」を見てみて、大笑いした。
この佐賀市のページにYouTubeのリンクが貼ってある。
市が制作・公開ってすごいなあ。ナレーターはオペラ歌手の宇都宮直高氏だそうで、たいへん張り切っていらっしゃる。高校生の体操も日本一だ。
そいぎね。



by e3ei | 2017-03-28 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)

年の暮の準備

今年も暮からお正月の食べものの買い物は吉祥寺抜きで済ませた。以前は三浦屋さんのモーニングセールに行って熱いコーヒーなんか飲むのを歳末行事の一つのように楽しんでもいたが、そういうのもだんだんと億劫になってきた。なるだけ混雑に遭遇しないようにささっと済ませる。
そういうわけで29日に肉屋魚屋に行き、30日にお豆腐屋と庭先販売と黄金やで購えるものだけで済ますことにしたのだ。

きょう北海屋さんにも暮のご挨拶かたがたお豆腐を買いに行ったら、棚は嵐の後のようになってた。きのう一日であらかた売りつくされたようだった。
ご主人とちょっと話してたら、今年はいつもの年より自宅でお正月をする人が多いようで、とても忙しかったと話されてた。

そうそう、クリスマスの前ごろから、今年はなんとなくにぎやかさがたりないような気がしていたのだった。例年もっと派手やかに花火がボンボン上がる勢いだったのが、なんとなくつつましやかに粛々と進んでいるように思われた。わたしがにぎやかなところに近づかないようにしているせいかなと思ってみたりしていたが、やっぱり風向きは少し変わったのかもしれない。



by e3ei | 2016-12-30 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)
 どうにも、おぞましい事件だ。

 深夜、障害者の入居施設を襲撃し、就寝中の入居者をベッドの上で19名も殺害し26名に重軽傷を負わせた、おぞましい事件だ。「障害者は生きていても意味がない」と容疑者は語っていたらしい。ヒトラーの優生思想を思い起こさせる。だが、それはヒトラーやこの容疑者のようなおかしな人物だけが持つ特異な思いではないんじゃないか、メディアの報道を見ていてあまりに被害者の人物が伝わってこないことに、そう思う。

 この事件をメディアはどのように伝え、物語ろうとしているのだろうか。あまりテレビを見ないのでネットの大新聞の記事に偏るが、犯行の詳細は伝えつつも、被害にあった障害者の一人ひとりの生きてきた意味を十分に伝えていないように感じる。被害にあわれたのが誰なのか、「19人」というマスで表現されるばかりだ。

 メディアは普段何かの事故や事件の報道では、そこまで書かなくてもと思うほどに被害者のエピソードを書く。たとえば今年の春にスキーバスが横転して乗員と乗客の若者たちが大勢なくなる痛ましい事故があった。あのときは全員の顔写真と氏名、所属大学名、人生のエピソードが紹介された。そこまで取材しなくても、と思ったほどだった。

 今回の事件では、理不尽にも暴力的に断ち切られた人生がそこにあったことを十分に伝えようとしていないのではないか思う。すべての被害者の遺族が年齢も性別も氏名も公表してほしくないと願われたのかもしれない。それであれば匿名性を保持しうる限りで、そこに人生の軌跡をもち、将来をもつ一人ひとりの人間が生きてきた意味を伝え、それが無残にも断ち切られた悲憤をきちんと伝えるべきではないだろうか。あたかも人生が闇の中に隠され、闇の中でそっと終わったような態度で臨むのは違うのではないか。

 今回の被害者が知的障害をもつ人々であったことで、それゆえ個人情報を一切表に出さないという過度の配慮が働いているのだろう。だが、個人情報を秘匿することと、そこに生きた人間の存在を見えなくすることは別のことだ。わたしたちの社会は知的障害をはじめ障害を持つ人をいまだに排除し差別する。だが、それは障害をもつ人たちのことを知らない、知ろうとしないせいでもある。だからいつまでたっても自分たちとは違う人たちのままなのだ。被害にあわれた方々が「あの人たち」ではなく、わたしたちと同じように人生を生き、将来を望む権利をもっていることを知らなければならない。それをなかったかのように見ざる聞かざるで済ませてはいけない。

 福島智先生の「二重の殺人」という記事を毎日新聞で読んだ。「生物学的な殺人」と、「実存的な殺人」つまり「人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する」という意味の殺人が犯されたという解釈だ。わたしたちはさらに第三の「社会的な殺人」を犯しつつないだろうか。かわいそうな、気の毒な障害をもつ人たちという括り方で彼ら彼女らをひとまとめにあちら側において、そっと葬ってしまおうとしていないだろうか。過度の同情や特別扱いは排除と表裏一体なのだ。殺害された者が殺された理不尽さの意味を(すなわち生きた意味を)語られないまま葬り去られる「社会的な殺人」を犯しつつあるのではないか。

 無念にも暴力によって人生を断ちきられた方々お一人おひとりを心から悼む。そして、遺族の方の何層にも重なった悲しみを思う。野沢和弘氏の記事を読むと、施設入居に至る個々の経緯の中にもすでに苦渋があったことが推察され、その上にその家族を殺害された無残さが加わることを思うと、言葉がない。施設の職員や入居者の衝撃や悲しみを思う。どうか、とても多くの人がご遺族や関係者に心を寄せていることを、少しでも慰めがありますようにと祈っていることを知ってください。


追記(2016年7月30日)
 今朝の朝日新聞digitalに障害者への差別と偏見、そして今回の事件の匿名性について取材した記事が掲載された。とりわけ、障害者の家族に取材して自分の家族(子ども)への輻輳する思いに寄り添った記述は読む者に訴えるものがある。
 知的障害者だから匿名性にする、ということを自明のことにしないこのような丁寧に掘り下げた記事は貴重だ。上述野沢氏(毎日新聞)のように報道する側としての判断や思いも書いてくれると、書き手も共に考えていく仲間としての立場が明確になったと思ったりした。



by e3ei | 2016-07-28 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback | Comments(0)
各報道を見ると今年の報道の自由度は昨年からまた順位を下げて世界で72位まで落ちてしまった(→たとえば朝日新聞の記事)。安倍政権になると報道の自由度が極端に悪くなるのはなぜなのか、メディアでは「自主規制」のせいだと説明されているが、自民党のほかの総裁が首相を務めたときにはそのようなことはなかったのだ。小泉さんもそれほど自由度が高かったわけではないがそれでも悪いときで44位、福田さん37位、麻生さん29位だ。民主党政権のときは自由度が高く、鳩山さん17位、菅さんのときは世界11位、野田さん22位だった。
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(画像はNAVERまとめから拝借した。)


安倍さんは第1次安倍内閣のときにいきなり51位に急降下、第二次以降で53位、59位、61位、そして今年72位だ。

何があるのだろう、何かあるはずだが、なぜ自主規制がこれほど厳しく働くのかわからなかった。このLITERA(小杉みすず氏記事)に紹介された、復刊朝日ジャーナル掲載の池上彰氏の記事ですとんと納得がいった。安倍さんが下野していたときにネトウヨの応援団を結成していて、気に入らない報道内容についてはメディアとスポンサーに対して徹底的に電話をかけまくる。いちいちわーわー電話がかかってき続けるのは面倒だからと自主規制に傾くに至るまで。それに加えて上からのチェックもいちいち細かく来る。そのように具体的に圧力をかけ続けていたのだ。もちろん視聴者読者にはそんな圧力の存在は全く見えないし聞こえない。

おそろしい。

70年かそこら前、大本営発表という報道しかなく、国民には戦況悪化を隠したまま大日本帝国陸軍は侵略戦争を勝ち続けているという報道を敗戦の前日まで続けていた。報道の自主規制と権力の圧力は、一人ひとりが考えなければならない現実をゆがめ、個人の権利を踏みにじる。
参議院選挙の前に、なぜどのメディアも自民党の憲法改正案(ネットには何年も前からアップされている)をわかりやすく説明しないのかとても不思議だった。きっと説明しようとするとわーわーわーわー言われるのが面倒で「自主規制」したのだ。日本のメディアは負けた。でもそのことで知ることのできたはずの「現実」をないものにされた人たちは、つまり、考えなきゃならない「現実」を失ってしまったのだ。

何を今さら、なんですけどね。
ただ、具体的な圧力がどのようにかけられるのかは知らなかったのでクリップとして。



by e3ei | 2016-07-09 23:58 | 暮らし tagliches Leben | Trackback